2016年4月6日水曜日

サンフランシスコ転勤をきっかけに踊り始める

連載「僕が東京新のんき連に入ったわけ」では、男踊りのにっしゃんが東京新のんき連に入った経緯について書いています。

連載第1回「阿波踊りに興味を持ったきっかけは 国際交流!?」は、そもそも阿波踊りに興味を持ったきっけについてご紹介しました。連載第2回の本記事では、東京新のんき連に入連する以前に、サンフランシスコへ転勤した際に 現地の阿波踊り連 に参加し、日系のお祭りへ出演するようになった話をご紹介したいと思います。

多国籍なサンフランシスコの職場に転勤


ゴールデン・ゲート・ブリッジには10回くらい行った
僕の会社には、語学習得や海外の商習慣を理解する目的で、海外のパートナーへ1年間出向して働くというわりと珍しい制度があります。

入社時から「ソフトウェアエンジニアになったからには、いつか聖地シリコンバレーで働いてみたい!」と思っていたので、その研修制度に申請し、アメリカへ行きたいと必死にアピール。見事、取引先であるサンフランシスコ(広義のシリコンバレーの北端)のソフトウェア企業に2013年10月から1年間出向し、その会社が日本に販売しているソフトウェアの開発に参加することになりました。

渡航直後に職場で誕生日パーティ
私が所属していた開発・品質保証のチームは、ロシア・東ヨーロッパ・中東出身の外国人が多く、白人やアラブ人が多い職場でした。知り合いに「日本人」がいない人が多かったせいか、日本人が来たぞと興味を持って、世間話をしに来てくれる同僚が多くいました。若者の同僚とは子供のころにやったアニメ・ゲームなどの話題や最近アメリカで人気のあるドラマの話、おじさん・おばさん世代とは日本の歴史・文化・観光地の話をしたりしました。昼飯食べたり、仕事後に飲みに行ったりして、職場に馴染んでいきました。

アメリカに来たというのに、生粋のアメリカ人の方がむしろ少数派だという^^; アメリカでも最も多国籍なサンフランシスコらしい職場生活が始まり、毎日会社に行くだけで、わくわくどきどきする生活が始まりました。

海外に行ったからこそ日本に関係することしたいと阿波踊り連に入る


今までとは違った生活にドキドキ・ワクワクしていたのもつかの間。自分で希望してアメリカに来たとはいえ、日本と離れた場所に1年いる・・・という事実に少し寂しい気分になってきました。気軽に日本語が話せる日本人の友達もほしいし、日本に興味を持っているアジア系の友達もほしい。

そういえば、大学生の頃に留学生を連れて、徳島市の阿波踊りを見に行ってたことを思い出しました。日本の文化の中でも自分のルーツに関係あることをアメリカの子と一緒にできたらいいなと、考え始めました。そんな時、ふとGoogleに「サンフランシスコ 阿波踊り」と入力してみました。なんと「サンフランシスコ阿波っ子連」のWebサイトが見つかりました。サンフランシスコにも阿波踊り連があるのです。しかも、練習場所は家から歩いて行ける距離にある事がわかったのです。「わーほんとにある!これは参加しよう!」と思い、早速、連長さんにメールして、練習に参加させてもらうことにしました。

日系居酒屋2階で練習!
いざ練習に参加してみると、思ったより人が少ないことに気づきます。しかも、どうやら参加者の主体はアメリカ人と結婚し、アメリカへ移住した日本人の奥様達でした。当初の期待とは少し違ってはいたけど^^; 「徳島出身の男の子が入連してくれたよ!」と大歓迎され、心地よい居所ができたし、まあいいかと思いました。

練習後、連長さんと世間話していると「日系スーパーにチラシを出してもなかなか人が集まらないのよね。4月には桜祭りに出演するんだけど、もう少し踊り子さんやお囃子がいたらいいんだけどね。」ともらしていたのです。

僕自身は、「日本人の数自体も少ないし、アメリカの連なんだからアメリカ人の連員を増やした方がいいんじゃないのかな。」と思いました。でも、どうやってアメリカ人に阿波踊り連に入ってもらえるのか。その時に、会社の先輩に「サンフランシスコでは個人がイベントを告知できる meetup というウェブサイトが流行っているよ。若い人は、自分たちで趣味のイベントを運営して、趣味が同じ友達を作ってる」と教えてもらったのを思い出しました。

meetup.comを見てみると、各国のコミュニティがあり、日本語の練習をするコミュニティに1000人近く登録していることも分かりました。そこで日本語コミュニティの代表に連絡し、阿波踊りの練習の告知をさせてもらうことにしたのです。「日本に400年も続く伝統的な踊りがあるよ。簡単で楽しいよ。一緒に踊ってみませんか?笛や太鼓など楽器もやれるよ!」

ネットを活用し現地のアメリカ人を阿波踊りに勧誘!


2014年4月 新連員と桜祭り出演
告知はしたものの、実は見学者は現れないだろうと思っていました。聞いたこともない日本の民族舞踊の練習の告知を見て、参加しようと思う人がいるとはなかなか思えなかったのです。

ところが、練習に行ってみると、テキサス州出身だという背の高い白人の男の子が見学に来ました。「子供の頃から日本のアニメやゲームを見てて日本に興味あるんだ。お祭りに興味あって、日本のフルートを習ってみたい」というのです。本当に来たんです。

やったと意気揚々として、翌月、練習に行くと、今度は、台湾系移民2世の女の子が太鼓したいと見学に来ました。その翌月はベトナム系移民2世の男の子、さらに徳島でJET(日本の中学高校の英語補助教員)をやっていた阿波踊り経験者の男の子も見学に来たのです。こうなると連に入った子がお友達を練習に連れてくるようになり、練習場所が手狭になるくらい若い人が練習にやってくるようになりました。

夏はユニオン・スクエアでのお祭りに出演
徳島で体育の時間に阿波踊りを練習していた程度の僕ですが、現地の子に英語で阿波踊りの所作を教えなくてはいけなくなり、非常に苦労しましたが、思ってもみない展開に非常に高揚した気分になりました。

連も活気づいてきて、春は Japan Town での桜祭り、夏は Union Square での J-POP Summit Festival、秋は日系のチャリティイベントなど人が集まる大きなイベントでの出演もこなし、連の一体感も増してきました。

うどんの打ち方も教えた^^
阿波踊りの仲間とは、阿波踊りの練習や出演を通じて仲良くなり、阿波踊りの日以外も一緒に旅行したり、誰かのお家でパーティをしたり、日本語と英語の language exchange (お互いに言葉を教え合う)をやったり、いろいろな活動を共にやるようになりました。

僕が偶然にもサンフランシスコで阿波踊り連を見つけ、練習の告知をしなければ出会っていなかった人達とこれだけ仲良くなった偶然の面白さや、一緒に練習やお祭りで踊ることで国籍や母国語を超えて強い絆が作れる阿波踊りの凄さも感じました。

(自分の国の文化を持ち込んできた移民の子がたくさんいるので、違う国の文化に参加する心理的ハードルが低いのがサンフランシスコっ子の良いとこです)

ついに帰国の時期、日本でも阿波踊りをやろうと決意する


あまりにもサンフランシスコに馴染みすぎて、ついには第2の故郷のように感じるようになりました。研修の期間は終わりを迎え、仕事も成果が出て一段落したところで、日本に帰国することになりました。阿波踊りの仲間にもう日本に帰らないといけないよと伝えると、「えーアメリカ人と結婚してサンフランシスコに残ってよ!」と冗談まじりに言われました。うん、居心地も良いし、それも悪くないと思いましたが^^; いやいや、ビザが失効するし、日本が故郷だし、温泉も入りたいし、美味しい日本食も食べたい、やっぱ日本に帰ろう。

阿波踊り仲間の送別会
日本に帰る時にいくつか決意しました。

「日本に帰ったら阿波踊り連に入ろう。今度、サンフランシスコの仲間と一緒に踊る機会があったら、ちゃんと本物の阿波踊りを教えられるように練習しよう。徳島と高円寺のお祭りで踊って、本物の阿波踊りってどういうものかちゃんと伝えられるようになろう。」

そう決意して、送別会で阿波踊り仲間に別れを告げて、東京に戻ったのでした。

(つづく)

2016年3月30日水曜日

見てみたい景色があった。

こんにちは!みっしーです。
今回もわたしが東京新のんき連に入連を決意するまでのお話です。
友人と居酒屋での公演を観終わったわたし。
即入連を決意した…わけではなく、そのクオリティの高さに腰が引けてしまっていました。
連員と一緒に撮った写真を見ては、「かっこよかったな〜。だけど厳しい世界だろうから、半端な気持ちで飛び込んだら痛い目に遭うんだろうな…(°_°)」憧れと躊躇いの狭間で揺れ動いていました。

気持ちが前向きに転換したのはそれから1ヶ月ほど経った頃。
年が明けて少し経っていた頃ということもあり、友人と「今年はどんな新しいこと始める?」という話題で盛り上がっていたときのことです。
「今年は何かアツくなれることしたいな〜。…やっぱり阿波踊りかなあ。」そんな言葉が口をついて出たのです。人前で口にしたからには、行動に移さないとかっこ悪いな。そう思って、いよいよ練習を見学しに行く決意をしたのです。

練習は1人で見学しに行ったのですが、それはもう不安でいっぱいでした。
社会人になり、「すでに出来てるコミュニティに飛び込む」という行動は転職くらいしかなかったので、すごく緊張していました。
すでに連員である友人がいろんな人に紹介してくれて、話すきっかけを作ってくれたので、少しホッとしました。

男踊り希望と伝えたところ、早速男踊りの基本の脚の動きを教えてもらえました。
見学の時点で教えてもらえるなんて感激でした。
今まで使ったところのない筋肉を使ってすぐに汗ばんできましたが、すっごく楽しい!
やっぱり、身体を動かすって、初めてのことって楽しいな。素直にそう思えました。

ここまで来てもまだ、入連に対して不安な想いが消えたわけではありませんでした。
練習量も多いと聞くし、ついていけるのだろうか?という気持ちです。
色々と連のお話を聞かせてくれた先輩に、不安な気持ちを打ち明けてみました。
すると、こんな言葉が返ってきました。
「そんなに構えなくても全然大丈夫だよ。不安な気持ちもあるかもしれないけど、夏のお祭りは本当に楽しくて、今まで見たことのない景色が見えるんだよ。ぜひそれを一緒に味わってほしい。」
わたしにとってそれは入連を決意するに充分すぎる魅力的な言葉でした。

どんな景色が待ってるんだろう?

それを自分の心と体で感じたくて、入連を決意したのでした。
4月に入連したわたしが、あっという間に訪れた夏にどんな景色を体感したのか?
そのお話は、またの機会に…。

もしも読者の方々に、阿波踊りやってみたいけど勇気が出ない…と感じているわたしのような方がいらっしゃったら、「気持ちはよ〜く分かる!けど、観るより踊る方が楽しいよ!」ということを伝えたいです。

お読みいただきありがとうございます。
次回もお楽しみに♩

2016年3月23日水曜日

最近の東京新のんき連

こんにちわ。三味線のちづるです。
今日は鳴らす阿呆はお休みして、最近の東京新のんき連の活動についてお伝えさせていただきます(^ ^)

広報新メンバー紹介

まず、このブログをご覧の皆様に朗報です。
広報に新しい仲間が増えました!

女踊りの『せきまゆ』です♡

ほんわり華やか系かわいこちゃんです。
もはや私の好みで広報メンバーを選んでいるとしか思えません。笑
とっても優しくて子供好きなので、いつもちびっこ達に囲まれています。
このブログにも来月くらいには登場してくれると思いますので楽しみにお待ちくださいね♪


では最近の東京新のんき連について。
例年この時期はあまり阿波おどりの出演がないのですが、高円寺阿波おどり連協会の合同連としての出演が二つありました。
私はどちらも出演していませんが、この二つの出演をイチ阿波おどりファンとしてレポートしたいと思います!



ふるさと祭り


まず1月。
毎年恒例『ふるさと祭り東京2016』に東京新のんき連からも出演させていただきました。
ふるさと祭りは、日本各地のお祭りや日本各地の美味しいものが楽しめる大変贅沢なイベントです。

実は私、これまでふるさと祭りを観たことがなく、今回すごく楽しみにしていました。
なので、それはそれは早くから前売り券を購入し、わくわくしながら当日を待っていました。

そしていざ当日。
行列のできている東京ドームに到着。
よし!私も並ぶぞ!と意気込んだとき遠くから聞こえてきました。

「当日券はこちらで買えま〜す」

当日券?・・あ・・・前売券忘れた(;  ;)

まさかの前売券が必要なことを失念していました。

しかしこんなことで負けてはいられません。
そしらぬ顔で当日券売り場へ並び、さも「ふらりと遊びにきましたよ〜」感で当日券を購入。堂々と会場入りしました。

会場入りするとすぐに東京新のんき連の見る阿呆組と出会い、わいわいしながら席を探します。

ここで来年のふるさと祭りに行こうと思っている皆様にご忠告を一つ。
このお祭り、非常に人が多いです。
私は12時に東京ドームに到着したのですが、空いている座席はかなーり後方だけ。
舞台は豆粒です(でも特大スクリーンで映像を映してくれます^ ^)。
前方でガッツリ見たい方は、オープンと同時に入るくらいの意気込みが必要なので早めの行動を。

見る阿呆たちと合流した私ですが、自分が広報だってことをもちろん忘れていません。
皆とこのままワイワイ観たい気持ちをぐっとこらえ、とにかく前方の席を探します。
一人分なら稀に前の方の席が空いていたりもするのです。
そして見つけました!最前列!!

やった!これはいい写真が撮れる!
一人ぼっちで少し淋しかったですがドキドキしながら阿波おどりの舞台が始まるのを待ちます。
そしてついに場内アナウンスが流れ踊り子が舞台へ入ってきます。

わおぉぉぉー!

って・・・アレ?
・・・・・見えない?

そうですよね。
空いている席には理由がありますよね。
下手側の最前列の席でしたが、踊り子を見ようとするとスピーカが完全に視界を遮っていまうという席でした(> <)
ここだけ空いているということは周りの席の方たちは、この席では踊りが見えないということを知っていたのでしょう。
さすが最前列にいる皆さんはプロの見る阿呆さんです。完敗です。

状況は圧倒的に不利ですが、諦めるわけにはいきません。周りの方の邪魔にならないように、身を乗り出したり腕を伸ばしたり、頑張って広報として働きましたよ。


鳴り物登場!

女踊り登場!

ビューティフル!

連員ではこの方が下手側におりましたのでたくさん撮れました。
ばっちりキマッてます。

今年は高円寺阿波おどり60回目の記念の年ということで、『60』の人文字!
(残念ながら私の位置からでは撮影できませんでした・・)
そして感動のフィナーレで第一部が終了です。


終演とともにすぐさま席を飛び出し、素晴らしい踊りと鳴り物を見せてくれた仲間たちに会いに行きます。
その精鋭メンバーがこちら↓
皆さんやり切った顔をしていますね!
お疲れ様でした!

出演した東京新のんき連の仲間たちもですが、やはり合同連の皆様はすごいですね。
本当に大変素晴らしい舞台でした(*^ ^*)


ふるさと祭りは一部と二部の二回公演です。二部の阿波おどり演舞まではしばらく時間がありますので、ここでようやく全国の美味しいものを楽しみます。

北海道の海の幸。
めちゃくちゃ美味しかったです。
第二部は皆と一緒に、わいわい観て美味しいものを食べてふるさと祭りを堪能しました。

あ、ちなみに前売り券を忘れた連員は私以外にも二人いましたよ。
東京新のんき連はおっちょこちょいが多いですね(^ ^)


梅の里再生まつり


それから先日3月13日には、青梅の『梅の里再生市民まつり』に東京新のんき連からも出演させていただきました。

ところで、このお祭りの名前「再生」とあります。なぜ再生なのか不思議に思われませんでしたか?

実は青梅市では、2009年に木を弱らせる輪紋ウイルスの感染が確認され、感染拡大を防ぐため、これまでに市の三万本超をやむなく伐採することになってしまったのです。このため、毎年開催されていました「梅まつり」を「再生まつり」と変えて、梅の復活を願うイベントとなったということです。

3月の2週目から4週目まで続くお祭りなので阿波おどり以外にもたくさんの催しものがありますね!

例年は、毎年秋に青梅で開催されている「青梅産業観光まつり」に、高円寺が青梅市と姉妹都市である繋がりから、高円寺阿波おどり連協会の合同連にて阿波おどりの出演をさせていただいていましたが、先述の事情により伐採した梅の再生を願い、昨年から梅の時期のこのお祭りに出演することとなりました。


東京新のんき連からは二人の踊り子さんが出演しました。
二人ともカッコいいです!

そして早くもYoutubeに動画がUPされておりました♪
風光明媚な場所で流し踊りをやるのはとても気持ちがいいんですよね。
みなさんもとても楽しそうです(*^ ^*)


私は出身が福岡で実家が大宰府にも近いため、梅の木にはかなり思い入れがあります。
少しでも早く吉野梅郷の梅の木が再び根付き、花香る日が来ることを楽しみに待っています。



着付け教室


最後に出演以外の最近の東京新のんき連のお話を☆

ここのところ、通常の練習以外に連員全員対象の着付け教室を行っています。
これまでは新しく入連された方たちを対象に行っていた着付け教室ですが、今年は再度一から自分の着付けを見直そうということでこの教室が始められました。

皆さんピシッとしてますね(^o^)/
私ももっと綺麗に素早く着付けできるように精進精進!


このように、東京新のんき連はオフシーズンも精力的に活動中です。
来月は春のレクレーション大会もあり、何事も楽しみながら阿波おどり道を邁進しています♪

2016年3月16日水曜日

飛び出せ!世界の "AWAODORI" 第2回 〜 シカゴ美湖連 〜

連載「飛び出せ!世界の "AWAODORI"」では、海外の阿波踊り連を紹介しています。第1回のサンフランシスコ阿波っ子連に続く、第2回で紹介するのは北米シカゴを拠点に活動する「美湖連」さんです。

美湖連さんは、2015年に設立された若い連ですが、地元のアメリカの方も大勢参加され、FacebookページYoutube を積極的に更新。シカゴでも阿波踊りを通じて日本文化のファンが増えるよう活発に活動されています。

本記事では、美湖連の前身である「阿波踊りシカゴ」※を2015年7月に設立された田付篤慶さんに伺ったお話を紹介いたします。

※ 阿波踊りシカゴは元々1回のみのイベント出演を目的に結成されたが、阿波踊りを愛して集まった有志たちの要望によりその後も練習を続けながら様々な地域イベントに参加。2015 年 12 月には「美湖連」(ミシガン湖に面したシカゴをイメージ)という正式連名がつけられオリジナル衣装も制作、独自に活動を開始した。


Q. いつ頃、どのような経緯で設立されたのでしょうか?


シカゴ 日系食料品店内を練り歩き
(田付さん)2015年の2月、同年7月にアーリントン競馬場で開催予定の Japan Day というお祭りの主催者からイベント企画の提案を依頼されました。

私がシカゴに 20 年以上に住んでおり、映像やイベント系のコーディネーションをした経験がございましたので、それを耳になさった主催者側から打診があったとい う経緯です。

日本から来てくれる J-POP アーティストとコスプレ・イベントの他に何かエンターテイメント性が高く、観客参加型のプランを企画して欲しいとの事でした。観客参加型という事から、ダンスにすることはすぐに決まったのですが、アーリントン競馬場を下見してみると、敷地は大蛇のように横に長く、盆踊りのような櫓の周りを周回するようなダンスは場所が取れない事が分かりました。

Japan Day での踊りは地元の競馬ファンにも好評
そこで思いついたのが私の両親が移り住んだ徳島県の阿波踊りでした。奇しくも同じタイミングで高円寺の連で踊り子をしておられた女性が彼女の連をシカゴに呼べないかという事で Japan Day の主催者に打診していたという偶然も重なり、その方と、もう一人の徳島出身の方にインストラクターになって頂くお願いをして立ち上げることになりました。

Q. 参加者をどうやって集めましたか?


食料品店での盆踊りに参加
(田付さん)Japan Dayの主催者にはシカゴの日系非営利団体や日本商工会議所などが名前を連ねておられましたので、そのチャンネルを使って最初は募集しました。

当初はかなり苦戦し、レッスンの参加者はインストラクターさんと私だけという事が何度かありました。それが、一人、また一人と興味を持ってくださった方々が増えて発足から一か月後には 15 人位にお集まり頂けるようになりました。

その後は一か月に多い時は 10 回以上のレッスンを各所で行い、気づいた時には一度でもレッスンに参加してくださった方の数が 130 人を越え、郊外のメインレッスン場では常時 30 人以上の方がお越しくださるようになりました。

あとは、各所のイベントに呼んで頂いて稚拙ながらも踊りを披露したり、日系食料品店の中をフラッシュモブ的(事前に許可は得ていますが)に練り歩いたりしたおかげで少しづつ参加者が増えていきました。

Q. 地元の人達の反応はどうでしたか?


シカゴの和太鼓グループとコラボ
(田付さん)阿波踊りは真剣にやろうとするととても奥が深いですが、初心者にとってはとっつきやすいと思われたようです。音楽もぞめき以外に J-POP やブルースなども加えることで、色んな方々に楽しんでもらえたのかなと思います。

Japan Day ではコスプレのイベントもありましたので、コスプレイヤーの方々と一緒に踊ったりという事もありました。


現在の活動状況について


Q. 2015 年はどのように活動されましたか?(参加したお祭りや、練習内容について)


由緒ある競馬場で屋内で踊った初のグループに
(田付さん)Japan Dayでは、当日 2 度の大雨に見舞われ、折角練習を積み重ねてきた演舞の披露も中止になってしまいました。しかし、私たちの残念そうな姿を見ていた主催者が、同じく豪雨の為に一時屋内に避難していた競馬ファンの前で踊る事を許可してくれました。

実は、これは由緒正しいアーリントン競馬場としては異例のことだったそうなのですが、そのご厚意のおかげでとても多くの方々に踊りを見てもらうことができ、一緒に踊ることもできました。

その様子を多くのメディアの方々にも取り上げて頂き、その後は日系食料品店の夏祭りに呼んで頂いたり、シカゴで活躍する日本人ジャズミュージシャンの野毛洋子さんに御招待頂いて彼女の歌声に合わせて踊る機会を得たりしました。9 月にはレイバーデーのパレードにも参加し、その姿はテレビでも紹介されました。

Q. 現在、どのような方が参加されていますか?


練習の様子
(田付さん)元々はJapan Dayのエンターテイメントの為に設立された阿波踊りシカゴでしたが、Japan Dayの後もメンバーの皆さんの要望が高かったこともあり、美湖連というニックネームも決めてダンスグループとして継続する事が決まりました。

今はオフシーズンですので、毎月一回のレッスンには 20 名ほどの方々が集まっています。日本人とアメリカ人の比率は 7:3 程度かと思われます。

Q. 設立後 1 年振り返って、どのような点に苦労しましたか?逆にやって良かった点はありますか?


シカゴ大学で観客の皆さんと一緒に踊った
(田付さん)一番苦労したのは衣装の調達でした。当然アメリカでは何も入手できませんので、実家の母が所属している連の連長さんにご相談して古いお衣裳を無償で譲り受けたり、別の連の方に素敵なお着物をレンタルさせて頂いたりしました。

また、徳島市の姉妹都市がミシガン州のサギノーという街にあるのですが、私たちの活動をネットで知ったその街の職員さんが徳島市から進呈された衣裳を Japan Day の期間中レンタルして下さったりして、何とか踊り子さん達の分だけでも衣装を揃えることができました。そうした衣裳や団扇を日本から空輸する際には全日空さんや日本航空さんにご協力頂いたり、編み笠や備品の購入などには地元の人材斡旋会社の TOP さんがスポンサーになってくださいました。その他にも印刷会社さんや、デザイン会社さんなどありとあらゆる方々のご尽力で何とか成功に導くことができました。

Labor Day (労働者の日)のパレード
良かった点は、国際交流の一翼を担えたことかと思います。阿波踊りを通して色んな国の方々と交流をすることができました。よく、『政治的には対立している国同士でも文化交流を通じて仲良くしなくてはならない』というような事を耳にすることがありますが、実際この活動をするまではその意味が良く分かっていませんでしたが、一緒に踊り、笑い、大声で掛け声をかけあった時にその言葉の真意を感じたような気がしました。


今後の活動について


Q. 今後どのような活動をしていきたいですか?今後の目標あれば教えて下さい。


シカゴの色々な大学のキャンパスに招待された
(田付さん)ずっと踊り続けたいなと思います。その為には色々とクリアしていかなくてはならない事も多いと思いますが、少しづつシカゴでの認知度をあげていき、いつかはアメリカ中の阿波踊りグループがどこかに集まって踊りを披露するようなお祭りが出来たら素敵だなと思います。また、いつか日本にも遠征出来たらいいねとみんなで話をしています。


Q. 最後に日本の踊り子の皆さんに一言お願いします。


(田付さん)私たちの殆どは実際に日本で阿波踊りを観たことがありません。ですからいつもどこかで「なんか間違ってるんじゃないかな?」と思いながらも映像や資料を観ながら頑張っています。もしもシカゴにお越しになる機会がありましたら是非練習を覗いて、皆さんの踊りを教えてください。よろしくお願いいたします。

おわりに


阿波踊りシカゴ「美湖連」さんのお話はいかがでしたか?

筆者は美湖連が発足直後から美湖連の活動状況をWebサイトやFacebookで見守っていましたが、非常に活発な活動ぶりに驚かされました。初代代表の田付さんがイベント関係の仕事をされているとお聞きしたので、田付さんのご経験も連の活動に生かされていたんだなと納得がいきました。

本記事からも分かるように、踊りや音楽といった文化は国際交流や相互理解で非常に有効だと言えると思います。特に阿波踊りは初めて見る人にも分かりやすく、取っ付き易い点も良いのだと思います。今後も阿波踊りがシカゴの文化の一部として定着していくよう頑張っていただきたいと思います。

次回も北米の連を紹介予定です。お楽しみに。

2016年3月9日水曜日

鳴らす阿呆へまっしぐら 〜鉦〜

こんにちはー!

三味線見習いのちづるです。
『鳴らす阿呆へまっしぐら』連載の第2回目。

次の更新まで1ヶ月以上あるわ〜とのんびりしてたらもう今日がやってきました。
月日が経つのって本当早いですね。

さてさて私の前回の連載では、簡単に鳴り物とは?ってことをお話しさせていただきましたが、今回からは一つ一つの楽器についてお話させていただきますよー。


今日のお題



『鉦』です。
阿波おどりでは[かね]と読みます。
実物はこれ。



サイズも各種取り揃えております。


そしてこの鉦を鳴らすのは・・
これ。撞木(しゅもく)です


まず外観を見てもらいましたが、どうでしょう?
なかなか普段見かけない楽器ですよね?
私も阿波おどりを始めるまで存在も知りませんでした(^ ^;)

ですが鉦は阿波おどりにおいて
とぉっっっっっっっても重要な楽器です。
"っ"をあと100回くらい言ってもいいくらいです。

なぜなら鉦は
演奏者であると同時に指揮者
であるからです。
特に舞台演舞において鉦は、鳴り物として鉦の音を聴かせつつ、お囃子のテンポの上げ下げ、音量の強弱を細かく指示します。

また、曲や踊りの内容を理解して、場面に合わせたイメージを他の鳴り物に伝えるのも重要な役割です。
ノリが良く楽しい場面や、静かなしっとりとした場面、重厚な場面など、様々なイメージを表現するために鉦が鳴り物をリードします。
鳴り物を活かすも殺すも鉦次第といいうわけですね!(@0@)/

ではではそんな鉦について、もうちょっと詳しく説明してみます。


材質・サイズ



【鉦】材質は合金(銅や真鍮など)
サイズは10cm〜30cmぐらいが一般的ですが、 特注サイズのすごく大きな鉦を使われる連もあります。
ちなみに、鉦は鉦枠に3点で留められていますが、たまにこれが切れてしまうそうです。
定期的にメンテナンスが必要ですね。


【鐘木】材質は鹿の角です。
サイズも様々ですが、小さい方が綺麗な音が鳴る気がします。
こちらも、時々この鐘木頭だけが外れてしまうことがあり、我が連でも一度流し踊りの最中でこの頭が飛んだことがあります。笑




打ち方



東京新のんき連は2拍子と呼ばれるリズムが基本です。
2拍子といっても、学校で習うように1小節に4分音符二つというよりも、 1小節で踊り子さんが二歩(右足・左足)踊るという方が分かりやすいでしょうか。

鉦は踊り子さんの一歩で4回打ちます。
一歩(一拍)で4回ということは音符であらわすと・・16分音符が4つ!
・・とはなりません。笑
阿波おどりのリズムを音符にすると
一歩 =(付点16分音符+32分音符)× 2 です。
はい。分かりにくいですね。

では音符で書いてみます。

楽しそうなリズムですね〜(^ ^)♪
これが一小節。踊り子さんの二歩分です。
しかし正直阿波おどりに譜面なんてあってないようなもの。

この鉦のリズムは音符に置き換えると上記のように例えられるだけで実際は、連やその奏者によってさまざまな違いがあります。

例えば個人的な感想ですけど、
最初の16分音符を少し短めにしてハネを抑えると軽やかなイメージ
逆に16分音符を長めにおいてハネを強調すると優雅な印象を受けます。
はたまた、アタマに装飾音をつけるときらびやかな雰囲気になる気がします。
(とても奥深い世界なので上手く説明ができず申し訳ありません・・。)

要するに阿波おどりのリズムは鉦から生まれるということですね!


さてさて次は、実際に鉦の打ち方について簡単に説明してみましょう。
この基本的には真ん中の×印あたりを打ちます。
ちょっと転がしたい時などはフチの部分も使います。


この辺りも連や奏者の個性と言ってもいいのではないでしょうか(^ ^)
あとは、音量を下げたいときに鉦に指を添えて響きを殺したりします。


観どころ・聴きどころ



最後にそんな鉦の観どころ聴きどころは

「とにかく鉦を見てみて!」

です。
鉦は鳴り物をリードする役割があると先述しましたが、良い鉦はリードしつつも他の鳴り物を邪魔することはしません。
なので派手に打ってないときの鉦は完全にお囃子の一部となり自然と意識から外れてたりするんですよ。
そこでそんな鉦に注意して見て聴いてみてください。その繊細な響きが聴こえてきますから。
そうやって聴こえてきた鉦の音を意識しつつ踊りを観ていると、お囃子と踊りの一体感が感じられてすごく高揚します。

鉦を意識すると阿波おどりがもっと楽しくなること間違いなしです(^ ^)


次回予告



次回は4月初旬くらいでしょうか?
鳴らす阿呆へまっしぐら -大太鼓-
 私たちの自慢の鳴り物「大太鼓」の登場です!

 楽しみにお待ちくださいね♪