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2017年5月30日火曜日

飛び出せ!世界の AWAODORI 2017 海外の踊り子さん特集〜Ashley Taylorさん(シカゴ美湖連) 〜

海外(主に北米)で活躍されている現地の踊り子さん・鳴り物さんを紹介する好評企画「飛び出せ!世界のAWAODORI 」2017 年第 4 回は、シカゴを本拠地として活動されている美湖連さんで女踊りとして活動されている米国人女性 Ashley Taylor(アシュリー・タイラー)さんをご紹介します。

美湖連さんは、2015 年に設立された新しい連です。昨年は、連の活動内容についてインタビューさせていただきました。今回は、踊り子さんに活動内容を伺いました。

右側の女性がアシュリーさんです

インタビューを引き受けていただいてありがとうございます。最初に簡単に自己紹介していただけますか?

名前は Ashley Taylor(アシュリー・タイラー)です。元々は、ノースキャロライナ州出身ですが、ここ 3 年ほどはシカゴに住んでいます。美湖連では、女踊りと、Instagram アカウントの管理者を担当しています。

美湖連の皆様。楽しそうです。

職場近くのカフェで偶然、美湖連を見つけて、練習に参加


美湖連には、どういうきっかけで参加されたんですか?

2015 年に参加しました。職場の同僚がオフィスの隣のカフェでたまたま阿波踊り連参加者募集のポストカードを見つけて、私に教えてくれました。どうやら、その当時の指導者が近くで働いていたことも分かりました。
そこで早速練習に参加して、すぐに好きになりました。グループの皆さんは、すごい温かい雰囲気で、今までやってみた他の色んなことと違う印象を受けたんです。

皆さん仲良さそうです

日本へ留学中に日本の夏祭りが大好きになった


連に参加する以前から阿波踊りを知っていましたか?初めて阿波踊りを見た時はどんな印象でしたか?

3年前に、交換留学生と小学校の英語教師として日本に 3 年間住んでいました。夏の間、学生達とお祭りに参加して、お神輿を担いだことがあり、日本の伝統的なお祭りは大好きです。阿波踊りについても見たことはありましたが、どんなものかははっきりとは分かっていませんでした。
初めて阿波踊りを見た時は魅了されましたが、それにも増して、シカゴに阿波踊りのグループを見つけた時は非常に驚きました。

日本に滞在中に日本のお祭りが好きになって、アメリカに帰った後も日系コミュニティに参加するのは、2017年 第2回 インタビュー記事で紹介したサンフランシスコ阿波っ子連のアダムさんと同じパターンですね。こうして、日本の文化が好きなアメリカ人が増えていくのは嬉しいですね。



地元シカゴの夏祭りに多数参加


最近の美湖連さんの活動内容についても教えてもらえますか?

最近、ノースウェスタン大学の日本祭りに出演しました。Chicago Japan Fest(シカゴ日本祭り) や Anderson Japanese Garden Festival(アンダーソン日本庭園での祭り)など、夏に向けて多数出演予定があります。地元の公立学校でも踊りを披露しています。

出演時の一幕

冬の間は月に 1 回程度練習していますが、夏の間はもっとたくさん練習しています。

連員とは練習や出演の後、一緒に食事します。日本文化に関係するイベントに一緒に参加したりもしています。


踊りの振り付けを始めた時に阿波踊りへ全力を注ぐチームになった


今まで活動していて、特に印象に残ったことは何ですか?

私にとって一番印象に残ったことは、私達が出演時の振り付けを始めた時です。それは私達が阿波踊りに対して全力を注ぐチームになった瞬間でした。振り付けの中でも指導者の一人のアズサさんのソロパートが好きです。彼女の踊りは非常に美しいです。

渾身の踊りを披露中のアズサさん


阿波踊りコミュニティをより良くしていきたい


将来の目標を教えていただけますか?

当面の目標は、阿波踊りコミュニティをより良くしていくために、美湖連のメンバーを増やすこと、振り付けを改善することです。一緒に踊ることは大好きですし、連を成長させていきたいです!

今回はありがとうございました。今後もシカゴで阿波踊りコミュニティを盛り上げていってください!


おわりに


年明けから連載してきた 2017 年の「世界の AWAODORI」も今回で最終回です。昨年の連の設立者から設立の経緯をご紹介いただきましたが、今年は、踊り子さん達に阿波踊りを始めたきっかけや活動内容についてご紹介いただきました。
日本や日本の文化に興味を持った、あるいは日本に家族のルーツがある、若いアメリカの皆さんが日本の伝統文化を継承して、地元で踊りを広める活動をしてくださっていることが非常に嬉しく思いました。
今度は、私も、夏本番、日本の阿波踊りを盛り上げていきます!

2017年5月24日水曜日

飛び出せ!世界のAWAODORI 2017 海外の踊り子さん特集〜サンフランシスコ阿波っ子連 後日談 〜

海外(主に北米)で活躍されている現地の踊り子さん・鳴り物さんを紹介する好評企画「飛び出せ!世界のAWAODORI 」。2017 年第 1 回では、サンフランシスコ阿波っ子連 男踊り担当の Genki Watanabe さんをご紹介しました。

第 1 回の記事を書いた当時は、2017 年 7 月に開催予定の San Francisco Ethnic Dance Festival 出場のためのオーディションに参加した旨をお伝えしました。

結果はどうだったかというと・・・















無事、7/8(土)〜9(日)サンフランシスコ・オペラハウスでの出演が決まったそうです。おめでとうございます!

Ethnic Dance Festival の Web サイトに掲載された阿波っ子連紹介写真

多民族都市のサンフランシスコにおいて、様々な民族の踊りが参加するお祭りに、阿波踊りも出場することは同じ踊り子の一人として誇りに思います。遠い日本から彼らの活躍を応援したいと思います。

さて、花見シーズンも終わり、そろそろ夏祭りの季節がそろそろ到来します。
皆さん、夏と言えば、阿波踊り。我々も阿波踊りで日本のお祭りを盛り上げるべく、練習に励んでいます。

出演に向けて絶賛練習中

出演予定は決まり次第、SNS や Web サイトで告知いたします。お楽しみに!

2017年3月28日火曜日

飛び出せ!世界のAWAODORI 2017 海外の踊り子さん特集〜アダム・バターワースさん(サンフランシスコ阿波っ子連) 〜

海外(主に北米)で活躍されている現地の踊り子さん・鳴り物さんを紹介する好評企画「飛び出せ!世界のAWAODORI 」2017 年第 2 回は、第 1 回に引き続き、サンフランシスコ阿波っ子連で男踊りとして活動されている米国人男性 Adam Butterworth(アダム・バターワース)さんをご紹介します。

青の着流しがかっこいいアダムさんです

アダムさんは、筆者が阿波っ子連に所属していた折にインターネット上に掲載した連員募集の広告を見て(昨年のブログ記事参照)、練習を見学しにきてくれたメンバーの一人です。日本に少し興味があって練習を見学しに来てくれたのかなと思っていたところ、いきなり華麗に踊り始め、「徳島で英語教師として働いていました」と日本語で自己紹介してくれたことに、非常に驚いたのを覚えています ^^

当時から踊りの技能面で連を引っ張る存在でしたが、筆者含め、仕事でサンフランシスコに来ていた若い日本人の連員が帰国してしまった後、連の若手リーダー的存在として活躍されています。

それではアダムさんのインタビューをお楽しみください。

JETの英語指導助手として徳島に滞在


インタビューを引き受けていただきありがとうございます。簡単に自己紹介をお願いします。

名前は Adam Butterworth です。ニューヨーク州内のニューヨーク市から北へ 3 時間ほど離れた街で育ちました。大学卒業後、2009 年に JET プログラム(海外の青年を外国語指導助手として招聘する事業)を利用し、徳島で 2 年ほど英語教師の仕事をしました。アメリカに戻ってきてからは、IT 業界でデザイナおよびエンジニアとして働いています。サンフランシスコには 3 年ほど住んでおり、インターネット TV サービスの運営会社で働いています。サンフランシスコ阿波っ子連では、男踊りを担当している他、新人に阿波踊りの基本からもう少し複雑な踊りまで教えたりしています。

JET の先生として日本で働きながら滞在できるのって良い経験ですよね。どうして日本に行こうと思ったんですか?

日本に興味を持ったきっかけは、高校生の頃に実家が日本人の交換留学生をホームステイ先として受け入れたことです。その時、日本のことに興味を持って大学では日本語を勉強しました。

ちょうど母校が日本の大学へ交換留学プログラムを持っていたので、そのプログラムに参加し、金沢工業大学に留学しました。日本人の友達と非常に楽しい経験ができて、もう少し日本に滞在したいと考えるようになりました。

その時、JET プログラムの存在を知り、応募しました。派遣先としては、留学先の石川県や、ホームステイで実家に滞在した友達の故郷である静岡県を希望しましたが、残念ながら両方共とも受け入れ先が見つかりませんでした。ただ、日本の地域コミュニティを身近に感じたいと思っていたので、「田舎の方でお願いします」と伝えたとこと、徳島県の三野町に受け入れが決まりました。

ということは、徳島に派遣されたのはたまたまだったんですね。その当時は徳島のこと知っていたんですか?

徳島に行く前にたくさん調査しました。かずら橋や吉野川についても色々読みましたが、徳島では阿波踊りが一番有名であることを知りました。その時は、自分にとって新しいことだらけで、阿波踊りはそのうちの一つくらいの位置づけでしかなかったんですが、人生の大きな一部になるとは思いもしなかったです。


たまたま徳島に派遣されて、阿波踊りに出会って人生が変わったですね。すごい不思議ですね。

徳島赴任早々にいきなり祭りで踊りを披露!?


徳島での阿波踊りの経験について教えてください。最初に徳島で阿波踊りを見たときの印象はどうでしたか?

阿波踊りを初めて見たのは、JET プログラムの英語教師として徳島に派遣された 2009 年の 8 月です。ぼくを含めてだいたい 30〜40 人くらいのプログラム参加者と一緒にちょうど徳島に着いたばかりでしたが、15 分くらい阿波踊りを教わっただけで、いきなり演舞場に送り出されて、踊りを披露したんです!今から覚えば、ひどい踊りだったとは思いますが、多くの人が楽しそうにしているのを見て、非常に興奮したのを覚えています。

三野町で活動中のアダムさん

2009年であれば、もしかしたら、演舞場の近くですれ違っていたのかもしれませんね。徳島に住んでいた時はどのように阿波踊り連に参加したんでしょうか?

阿波踊り連に入ったきっかけですが、地域交流の一環で地元の消防団(市町村に設置される一般市民による消防機関)にも参加させていただいた際に、その消防団のメンバーの一人が、地元の阿波踊り連のリーダーだったので、ぼくに連を紹介してくれて、練習に誘ってくれました。

その時は、飲み会でべろべろに酔っ払ってたので、酔った勢いで「絶対に参加する!」と言ってしまったんですが、朝起きて正気に返ったら、「あ〜、何であんなこと言ったんだろう。踊りなんてできるわけないだろう」とひどく緊張しました。練習に行くのも少し怖いなとさえ思いました。

でも、誘ってくれた方が、1回は参加して入るかどうか決めてと言って聞かないので、逃げ道はないなと思って最初の練習に参加しました。なるべく踊りは避けて、鳴り物をやろうかと思いましたが、最初は絶対に踊りのステップから教えると言われたので踊りの練習を始めたら、意外にも阿波踊りが面白いと感じました。だんだん練習に参加するにつれて、緊張も溶けていき、阿波踊りも連も大好きになっていきました。

そのエピソードを初めて聞きました。失礼だけど少し笑っちゃいました^^ アダムさんも、今ではあんなに華麗に踊っているのに最初の出会いは意外にかっこわるい感じだったんですね。結局、徳島滞在中は阿波踊りをずっとやっていたんですか?

はい、結局、帰国するまでその連で2年ほど活動しました。
阿波踊り連に参加している間は、練習中に他の連員とたくさん話すようになったので、日本語もすごい上達しました。踊りについても、最終的には池田市と徳島市の演舞場で踊るようになり、かなり上達しました。
徳島滞在中の体験は、非常に素晴らしい経験をさせてもらいました。今でも三野町方とは連絡を取っていますし、阿波踊りが人生の大きな一部になりました。

素晴らしいですね。良い縁に恵まれましたね^^ 

徳島の阿波踊りはかけがえのない存在になった


昨年は、ゲンキくんと一緒に徳島の阿波踊りに参加してましたよね?久しぶりに徳島阿波踊りに参加してどうでしたか?

第1回で登場したゲンキくん(中央)とは仲良し

やはり徳島の阿波踊りは、自分にとってかけがえのない存在だと改めて感じました。皆、日本人は物静かで、シャイだなんて言うけど、そんなの嘘だ!祭りの時に街で感じるエネルギー、迫力のある鳴り物、皆が幸せそうにしているのが好きです。皆、親切だし、何にも縛られてなくて、自由な感じがします。上手に踊らないといけないとか、正しく踊らないといけないってプレッシャーもない。これが本当のお祭りだと感じています。

エネルギーに満ちた徳島いいですね

まあ、日本人は年中に真面目に働いて、祭りでハメを外すのが大好きですよね^^  日本人の地域社会に深く入り込んで、日本人の別の側面を見てもらえたのは嬉しいです。

連員募集広告を見てサンフランシスコ阿波っ子連に参加


サンフランシスコ阿波っ子連に入ったきっかけは、インターネット上に掲載した連員募集の広告を見たことでしたよね。その時のことを教えてもらえますか?

阿波っ子連に入ったのは 3 年前で、ちょうどサンフランシスコに引っ越してきた直後です。徳島に住んでいた時に阿波踊り連に所属していたので、ヨウヘイ(筆者のことです)がインターネットに掲載していた広告を見て、阿波っ子連を見つけた時は、「え!サンフランシスコに阿波踊り連があるの?これは参加しなくちゃ!」と思いました。すぐに公開練習に参加して、そのまま入連しました。

公開練習を始めたことで新人さんが増え始めた


最近の阿波踊り連での活動について教えてもらえますか?特に印象に残ったことや、これまでの活動の感想について教えてください。

阿波っ子連のメンバーがたくさん増えてきたこと、皆が非常に上達してきたことがうれしいですね。練習時のルーチンもうまくなってきました。最近は、出演時のパフォーマンスの練習をするグループと、新人さん向けの練習をするグループに分かれて、効率的に練習を運営しています。小さい舞台用、大きい舞台用にそれぞれ違うパフォーマンスも作っています。

そして一番良かったことは、新しい人向けに公開練習をやり始めたことです。数年前、日本人の主要メンバーが帰国したり、転勤で引っ越したりして、一気にメンバーが減ってしまい、パフォーマンスに十分なメンバーを確保できず、困っていました。そこで今年から無料の公開練習をやり始めて、興味を持ってくれた人に阿波踊りを教え始めました。それをきっかけに人がまた増え始めて、その他のベテランのメンバーと一緒に楽しく踊りを教えています。

ぼくと同時期に一斉に日本人メンバーが帰国したので心配していましたが、うまく現地の若者中心の運営に引き継がれていて安心しました。

今後は大太鼓も上達したい

最後に今後の目標について教えてください。

最近の目標は、大太鼓を叩けるようになることです。徳島にいた時を含め、6年間、男踊りをやっていて、これまで鳴り物をやったことがありません。最近は、練習前と後に大太鼓で違うビートを鳴らしています。かなり楽しいですよ。

いいですね。踊り子と鳴り物を両方やるとお互いの気持が分かって良いってよく聞きますね。今後もリーダーとしてがんばってください!

おわりに


アダムさんは、筆者が米駐在当時に阿波っ子連の連員勧誘活動を始めた直後に入ってくれた方です。その当時、自ら勧誘活動をやっておきながら、アメリカではマイノリティである日本の伝統芸能のグループに興味を持ってくれるのは、日本人・日系人、よくて日系に親近感を持ってくれるアジア系くらいだろう、現地の白人の方はあまり興味を持ってくれないんじゃないかと変な先入観を持っていました(人種の違いに特に変な考えはありませんが)。その勝手な先入観を、新人らしからぬ滑らかな踊りと流暢な日本語でいきなり壊してくれたのが、アダムさんです。

アダムさんが仕事の都合で引っ越したサンフランシスコで、私が勧誘活動をしていたのもたまたまですし、そもそもご実家にたまたま日本人がホームステイで訪れたこと、JET プログラムの派遣先がたまたま徳島だったこと、参加した消防団に阿波おどり連のリーダーの方がいらっしゃったこと、いろいろな縁が重なって、アダムさんが阿波っ子連のリーダーになるまで阿波踊りにハマっていったことは非常に感慨深いです。

ただ、これは、単に偶然ではなく、アダムさん自身が新しいことにチャレンジする好奇心が強い点、そして色々な人を引きつける魅力があったからだと思います。今後のサンフランシスコの阿波踊りコミュニティが彼を中心に盛り上がっていくと思います。ぜひ楽しみに応援してください。

2017 年の本連載も第 1 回、第 2 回と男性が続きました。今年の本連載最終回となる第 3 回は紅一点、女性に登場いただこうと思います。おたのしみに。

2017年2月21日火曜日

飛び出せ!世界のAWAODORI 2017 海外の踊り子さん特集〜ゲンキ・ワタナベさん(サンフランシスコ阿波っ子連) 〜

昨年は、アメリカで活躍されている阿波踊り連を紹介した連載「飛び出せ!世界のAWAODORI」ですが、今年は海外(主に北米で)活動されている現地の踊り子さん・鳴り物さんの方をご紹介したいと思います。本連載を通じて、日米の阿波踊りコミュニティの文化交流を支援できればと思います。

2017年の第1回はサンフランシスコ阿波っ子連のゲンキ・ワタナベさんです。ゲンキさんは、カリフォルニア生まれの日系アメリカ人2世。いつもニコニコして、名前の通り元気な好青年。阿波っ子連のムードメーカー的存在です。昨年は来日し、生まれて初めて徳島の阿波踊りを生で見学し、非常に感動したそうです。東京へ訪問した際には、ちょうど8月の「おどれ高円寺 セシオン2016」での舞台演舞のゲネプロ(通し稽古)中だった新のんきの練習を見学し、舞台演舞が迫力があった興奮ぎみに語っていました。

中央の男性がゲンキさんです

インタビューでは、彼が阿波踊りを始めるにいたった経緯や、今どのような心境で阿波おどりに取り組んでいるのかお聞きしました。どうぞお楽しみください。

自己紹介


インタビュー引き受けていただいてありがとうございます。簡単に自己紹介をお願いします。

名前はゲンキ・ワタナベです。アメリカ、カルフォルニア州で生まれ、サンフランシスコから南にあるサンタクルーズで育ちました。サンタクルーズには、小さい日本人街があります。6年前にサンフランシスコへ引っ越してきて、今は、阿波っ子連でコミュニケーションズ・コーディネータ(Communications Coordinator)をやっています。

コミュニケーションズ・コーディネータ(Communications Coordinator )ってどんな仕事ですか?

外部との調整役です。例えば、最近、San Francisco Ethnic Dance Festival という様々な国の民族舞踊のグループが参加するお祭りのオーディションに参加したんですが、その際は、連の代表としてイベント運営元と連絡を取り、何か変更あれば連に共有する仕事をやっていました。

へ〜、こんな楽しそうなお祭りあるんですね。さすが多民族な街ならではのお祭りですね。

ゲンキさんは昨年の桜まつりにも参加

母のルーツを求めて阿波踊りを始めた


ゲンキさんは、ぼくがサンフランシスコを離れた後(2015年10月)に入連したんですよね。いつどのようなきっかけで入連したんですか?

阿波っ子連には1年くらい前に入連しました。母親が徳島出身なので、母のルーツである徳島とつながりたい思っていたからです。母は一人っ子で、ぼくは父親の名字を継いでいるので、母の家族に由来した何かを受け継ぐ方法を探していました。阿波踊りが、母の家族の文化を受け継ぐ一番いい方法じゃないかと思ったんです。

なるほど、徳島に家族のルーツがあったんですね。ということは、連に入る前から阿波踊りは知っていたんですか?初めて見たときはどう思いました?

連に入る前は、阿波踊りについて、それほど知っていたわけではないんです。一番最初の阿波踊りの思い出と言えば、8〜9歳くらいの時です。母方の祖父がカルフォルニアに遊びに来てくれた時、祖父がリビングルームで踊りを披露してくれたんです。その時、ほとんど日本語を話せなかったので、踊りを見た印象を祖父に全く説明できませんでした。でも、祖父の踊りが見れて本当に嬉しかったのを覚えています。楽しそうだったので、妹を誘って祖父と一緒に踊りました。

孫に文化を継承してもらいたかったんでしょうね。情景が目に浮かびますね ^^

最近の阿波っ子連の活動について


最近の阿波っ子連の活動について教えてもらえますか?特に印象に残ったことはありますか?

一番最近の活動は、2017年6〜7月に開催される San Francisco Ethnic Dance Festival のオーディションです。このオーディションには、サンフランシスコ・ベイエリア全土から70組が参加しています。(筆者注:まだオーディションの結果は未公表)
オーディションの後は、4月の第50回北カリフォルニア桜祭りに向けてメンバーの募集活動をやっています。

昨年の桜まつり。地元で人気者です。

一番印象に残っているのは、昨年の桜まつりのグランドパレードです。徳島の阿波踊りと比べると、サンフランシスコはとにかく坂が多くて、パレードの距離が長い(約1km)ので、阿波踊りをやるのはかなり大変です ^^; この1年でうちの連もかなり上達したので、今年の出演を非常に楽しみにしています。

SF名物、踊り子泣かせな地獄の坂道

いいですね。サンフランシスコの地獄の坂道、、覚えてます。。。^^; 大変だけど、絶対に楽しい出演になりますよね。応援してます。

徳島の阿波踊りは本当にamazingだった


昨年の夏は、徳島に来て初めて阿波踊りを見たんですよね。どうでしたか?

徳島の阿波踊りは本当にすごかったです。初めて参加したのですが、今年からは毎年行こうと思っています。特に印象に残っているのは、鳴り物です。サンフランシスコ阿波っ子連には、大太鼓が1名、締太鼓が1名しかいません。徳島の阿波踊りでは、大太鼓と締太鼓がものすごい多くいるから、踊っている時に、文字通り体の中までドラムのビートを感じられるようでした。にわか連(観光客が参加できる連)に2日間参加できて、とても楽しい人達とも会うことができました。にわか連の高張り提灯も持たせてもらえて、にわか連の皆を先導することもできました。

にわか連は、観光客が気軽に参加できるのが、いいですよね。ぼくも連に入る前は何度か友達と参加しました。

通し稽古中の新のんきの練習を見学


昨年の夏は、東京にも来て、新のんきの練習も見学しに来てくれましたよね。ちょうどセシオンの舞台の通し稽古をやっている最中でした。どんな印象でしたか?

新のんきの練習を見れたのは本当に素晴らしい経験でした。あんなに組織だって練習しているグループを見たのは初めてだし、大勢の鳴り物と一緒に練習するのも初めてでした。皆さん、すごい練習に集中していたし、子供達の踊りが非常に上手いのに驚きました。

喜んでもらえて良かったです^^ 

将来は阿波踊りを通じた日米の文化の橋渡しになりたい


最後の質問です。将来どんなことをやってみたいと考えていますか?阿波踊りに関連した目標あれば教えてください。

今年日本に引っ越しして、数年間は、日本で英語の教師として働く予定です。もっと上手い踊り子になるため、余暇の時間に阿波踊りを学びたいと思っています。そして日本で学んだことをサンフランシスコ阿波っ子連に持ち帰りたいと思っています。

将来は、阿波踊りを通じて日本とアメリカの文化交流を担っていきたいですね。

すごい、いい目標ですね。観光客として阿波踊りに参加するのと、連のメンバーとして参加するのでは見える風景も全然変わってくると思います。日本での活動もがんばってくださいね。活躍を期待しています。本日はありがとうございました。

おわりに


以前、ブログにも書きましたが、筆者が大人になってから阿波踊り連に入ったきっかけは、赴任先のサンフランシスコで偶然阿波踊り連(サンフランシスコ阿波っ子連)を見つけて活動したことです。ぼくが在籍した1年くらいの間に、日本人中心の連から現地のアメリカ人やその他の外国人の若者主体のグループに様変わりしていくのを目にしました。ぼくが日本に帰った後も、ゲンキさんのような現地の若者が参加して、日系コミュニティを盛り上げているようです。

サンフランシスコ阿波っ子連連長の理美子さんを始め、サンフランシスコに移住した日系移民達が和太鼓や阿波踊りといった日本の民族音楽や舞踊を現地に伝え、それをゲンキさんのような次の世代の若者が受け継がれていくことで、アメリカに日本の伝統文化が定着していきつつあります。日系コミュニティの文化はサンフランシスコでもかなり人気があり、日本人・日系人以外の方も多数参加しており、自分たちの文化をミックスさせていくことで、独自の文化を発達させています。

ベースボールが日本に伝わり、野球として独自の発達を遂げたように、阿波踊りもアメリカのAWAODORIとして独自の発展を遂げそうな予感がします。その発展の様を日米の橋渡しの人たちとともに見届けていきたいなと思いました。

2016年3月16日水曜日

飛び出せ!世界の "AWAODORI" 第2回 〜 シカゴ美湖連 〜

連載「飛び出せ!世界の "AWAODORI"」では、海外の阿波踊り連を紹介しています。第1回のサンフランシスコ阿波っ子連に続く、第2回で紹介するのは北米シカゴを拠点に活動する「美湖連」さんです。

美湖連さんは、2015年に設立された若い連ですが、地元のアメリカの方も大勢参加され、Facebookページ、Youtube を積極的に更新。シカゴでも阿波踊りを通じて日本文化のファンが増えるよう活発に活動されています。

本記事では、美湖連の前身である「阿波踊りシカゴ」※を2015年7月に設立された田付篤慶さんに伺ったお話を紹介いたします。

※ 阿波踊りシカゴは元々1回のみのイベント出演を目的に結成されたが、阿波踊りを愛して集まった有志たちの要望によりその後も練習を続けながら様々な地域イベントに参加。2015 年 12 月には「美湖連」(ミシガン湖に面したシカゴをイメージ)という正式連名がつけられオリジナル衣装も制作、独自に活動を開始した。


Q. いつ頃、どのような経緯で設立されたのでしょうか?


シカゴ 日系食料品店内を練り歩き
(田付さん)2015年の2月、同年7月にアーリントン競馬場で開催予定の Japan Day というお祭りの主催者からイベント企画の提案を依頼されました。

私がシカゴに 20 年以上に住んでおり、映像やイベント系のコーディネーションをした経験がございましたので、それを耳になさった主催者側から打診があったとい う経緯です。

日本から来てくれる J-POP アーティストとコスプレ・イベントの他に何かエンターテイメント性が高く、観客参加型のプランを企画して欲しいとの事でした。観客参加型という事から、ダンスにすることはすぐに決まったのですが、アーリントン競馬場を下見してみると、敷地は大蛇のように横に長く、盆踊りのような櫓の周りを周回するようなダンスは場所が取れない事が分かりました。

Japan Day での踊りは地元の競馬ファンにも好評
そこで思いついたのが私の両親が移り住んだ徳島県の阿波踊りでした。奇しくも同じタイミングで高円寺の連で踊り子をしておられた女性が彼女の連をシカゴに呼べないかという事で Japan Day の主催者に打診していたという偶然も重なり、その方と、もう一人の徳島出身の方にインストラクターになって頂くお願いをして立ち上げることになりました。

Q. 参加者をどうやって集めましたか?


食料品店での盆踊りに参加
(田付さん)Japan Dayの主催者にはシカゴの日系非営利団体や日本商工会議所などが名前を連ねておられましたので、そのチャンネルを使って最初は募集しました。

当初はかなり苦戦し、レッスンの参加者はインストラクターさんと私だけという事が何度かありました。それが、一人、また一人と興味を持ってくださった方々が増えて発足から一か月後には 15 人位にお集まり頂けるようになりました。

その後は一か月に多い時は 10 回以上のレッスンを各所で行い、気づいた時には一度でもレッスンに参加してくださった方の数が 130 人を越え、郊外のメインレッスン場では常時 30 人以上の方がお越しくださるようになりました。

あとは、各所のイベントに呼んで頂いて稚拙ながらも踊りを披露したり、日系食料品店の中をフラッシュモブ的(事前に許可は得ていますが)に練り歩いたりしたおかげで少しづつ参加者が増えていきました。

Q. 地元の人達の反応はどうでしたか?


シカゴの和太鼓グループとコラボ
(田付さん)阿波踊りは真剣にやろうとするととても奥が深いですが、初心者にとってはとっつきやすいと思われたようです。音楽もぞめき以外に J-POP やブルースなども加えることで、色んな方々に楽しんでもらえたのかなと思います。

Japan Day ではコスプレのイベントもありましたので、コスプレイヤーの方々と一緒に踊ったりという事もありました。


現在の活動状況について


Q. 2015 年はどのように活動されましたか?(参加したお祭りや、練習内容について)


由緒ある競馬場で屋内で踊った初のグループに
(田付さん)Japan Dayでは、当日 2 度の大雨に見舞われ、折角練習を積み重ねてきた演舞の披露も中止になってしまいました。しかし、私たちの残念そうな姿を見ていた主催者が、同じく豪雨の為に一時屋内に避難していた競馬ファンの前で踊る事を許可してくれました。

実は、これは由緒正しいアーリントン競馬場としては異例のことだったそうなのですが、そのご厚意のおかげでとても多くの方々に踊りを見てもらうことができ、一緒に踊ることもできました。

その様子を多くのメディアの方々にも取り上げて頂き、その後は日系食料品店の夏祭りに呼んで頂いたり、シカゴで活躍する日本人ジャズミュージシャンの野毛洋子さんに御招待頂いて彼女の歌声に合わせて踊る機会を得たりしました。9 月にはレイバーデーのパレードにも参加し、その姿はテレビでも紹介されました。

Q. 現在、どのような方が参加されていますか?


練習の様子
(田付さん)元々はJapan Dayのエンターテイメントの為に設立された阿波踊りシカゴでしたが、Japan Dayの後もメンバーの皆さんの要望が高かったこともあり、美湖連というニックネームも決めてダンスグループとして継続する事が決まりました。

今はオフシーズンですので、毎月一回のレッスンには 20 名ほどの方々が集まっています。日本人とアメリカ人の比率は 7:3 程度かと思われます。

Q. 設立後 1 年振り返って、どのような点に苦労しましたか?逆にやって良かった点はありますか?


シカゴ大学で観客の皆さんと一緒に踊った
(田付さん)一番苦労したのは衣装の調達でした。当然アメリカでは何も入手できませんので、実家の母が所属している連の連長さんにご相談して古いお衣裳を無償で譲り受けたり、別の連の方に素敵なお着物をレンタルさせて頂いたりしました。

また、徳島市の姉妹都市がミシガン州のサギノーという街にあるのですが、私たちの活動をネットで知ったその街の職員さんが徳島市から進呈された衣裳を Japan Day の期間中レンタルして下さったりして、何とか踊り子さん達の分だけでも衣装を揃えることができました。そうした衣裳や団扇を日本から空輸する際には全日空さんや日本航空さんにご協力頂いたり、編み笠や備品の購入などには地元の人材斡旋会社の TOP さんがスポンサーになってくださいました。その他にも印刷会社さんや、デザイン会社さんなどありとあらゆる方々のご尽力で何とか成功に導くことができました。

Labor Day (労働者の日)のパレード
良かった点は、国際交流の一翼を担えたことかと思います。阿波踊りを通して色んな国の方々と交流をすることができました。よく、『政治的には対立している国同士でも文化交流を通じて仲良くしなくてはならない』というような事を耳にすることがありますが、実際この活動をするまではその意味が良く分かっていませんでしたが、一緒に踊り、笑い、大声で掛け声をかけあった時にその言葉の真意を感じたような気がしました。


今後の活動について


Q. 今後どのような活動をしていきたいですか?今後の目標あれば教えて下さい。


シカゴの色々な大学のキャンパスに招待された
(田付さん)ずっと踊り続けたいなと思います。その為には色々とクリアしていかなくてはならない事も多いと思いますが、少しづつシカゴでの認知度をあげていき、いつかはアメリカ中の阿波踊りグループがどこかに集まって踊りを披露するようなお祭りが出来たら素敵だなと思います。また、いつか日本にも遠征出来たらいいねとみんなで話をしています。


Q. 最後に日本の踊り子の皆さんに一言お願いします。


(田付さん)私たちの殆どは実際に日本で阿波踊りを観たことがありません。ですからいつもどこかで「なんか間違ってるんじゃないかな?」と思いながらも映像や資料を観ながら頑張っています。もしもシカゴにお越しになる機会がありましたら是非練習を覗いて、皆さんの踊りを教えてください。よろしくお願いいたします。

おわりに


阿波踊りシカゴ「美湖連」さんのお話はいかがでしたか?

筆者は美湖連が発足直後から美湖連の活動状況をWebサイトやFacebookで見守っていましたが、非常に活発な活動ぶりに驚かされました。初代代表の田付さんがイベント関係の仕事をされているとお聞きしたので、田付さんのご経験も連の活動に生かされていたんだなと納得がいきました。

本記事からも分かるように、踊りや音楽といった文化は国際交流や相互理解で非常に有効だと言えると思います。特に阿波踊りは初めて見る人にも分かりやすく、取っ付き易い点も良いのだと思います。今後も阿波踊りがシカゴの文化の一部として定着していくよう頑張っていただきたいと思います。

次回も北米の連を紹介予定です。お楽しみに。

2016年2月3日水曜日

飛び出せ!世界の "AWAODORI" 第1回 〜 サンフランシスコ阿波っ子連 〜


こんにちわ。広報部のにっしゃんです。

『にっしゃんの『僕が東京新のんき連に入ったわけ』 あらすじ』 でもご紹介しましたが、僕は東京新のんき連に入る前はサンフランシスコの阿波踊り連に所属し、日系のお祭りで阿波踊りを披露するなど文化交流をしていました。

阿波踊り関係者の間でもあまり知られていませんが、実は海外にも阿波踊り連がいくつかあり、日本人だけでなく現地の方もお祭りで阿波踊りを踊っています。僕の連載2つ目『飛び出せ!世界の AWAODORI 』では、このように海外で活動している現地の阿波踊り連についてインタビュー形式で紹介します。本連載を通じて、海外の阿波踊り連の活動の認知度が上がり、日本との文化交流がより発展すればと思います。

2014年 北カルフォルニア桜祭り
連載第1回で紹介する海外の阿波踊り連は、僕の古巣である「サンフランシスコ阿波っ子連」の連長バールマン理美子さんに阿波っ子連の活動内容を紹介いただきました。

理美子さんは元々は徳島出身の方ですが、アメリカ人の旦那さんと結婚され、アメリカへ移住。現在は、阿波っ子連の連長として阿波踊りを通じてアメリカへ日本文化を紹介する活動をされています。


現在の活動について


Q. 2015年はどのように活動されましたか?(参加しているお祭りや、普段の練習について)

2014年 J-POP Festival

(理美子さん)昨年はサンフランシスコ市内の日系のイベントを中心に出演しました。北カルフォルニア桜祭り、J-POP Summit Festival(日本のポップ・カルチャーを集めたイベント)、JCCNC(北カルフォルニア文化コミュ二ティーセンター)ファンドレージング(募金を集うイベント)、SFジャイアンツ Japanese Heritage Night、サンフランシスコ着物デーなど。

ロサンゼルス徳島連とも交流しており、ロサンゼルスに遠征して二世ウィーク(日系の七夕祭り)などにも出演しています。

練習は、基本的に毎月第2・第4日曜日に3時間ずつやっています。イベントが近づくと練習回数を増やしてリハーサルを行います。メンバー同士の親睦を深めるために、練習会以外にもバーベキュー、お餅つき、クラフトパーティーなどイベントを開催してます。皆、非常に仲良しですよ。

Q. サンフランシスコでは阿波踊りは、どのくらい人気になりましたか?日系のコミュニティではだいぶ有名になりましたか?

2015年 サンフランシスコ・ジャイアンツ 前座
Japanese Heritage Night
(理)2011年に現地初のグループとして踊った時は「どこのお祭り?」などと聞かれましたが、今ではあちらこちらから招待していただくようになりました。日系のお祭り以外では、現地(アメリカの)中学校の体育の授業、幼稚園や小学校の文化イベントなどに招待していただいたことがあります。





Q. どのような方が連に参加されていますか?

(理)元々は、徳島県人や高円寺での阿波おどり経験者、阿波おどりに縁のある方、日本からの駐在の方々が中心でした。最近は日本人以外の方々が増えています。日系人、日本に興味のあるアメリカ人、サンフランシスコに住む外国人(メキシコ人、中国人など)など。年齢は2歳から70歳代まで幅広い年齢層の方々が参加しています。

Q. 海外で阿波踊り連を運営する上で苦労されていることはありますか?あるいは逆に良かったことはありますか?

2015年 サンフランシスコ・ジャイアンツの前座
Japanese Heritage Night
(理)楽器・衣装の調達には苦労しました。現在は、既製品、中古品、自作品を組み合わせて使っています。不足分の調達も大変です。また、踊りや楽器を教えるにも本場での阿波おどり経験者が少ないので、DVDや動画などを参考にしています。

良かったことは、今まで阿波踊りを全く知らなかった人達がすっかり阿波踊りファンになってくれたことです。また、お祭りやイベントで皆さんに喜んでもらえることも嬉しいです。一緒に踊ってくれる人達もいます。


設立の経緯について


Q. いつ頃、どのような経緯で発足されたのでしょうか?

2015年 歌謡ショー

(理)日本へ帰らないと経験できない阿波踊り。ここアメリカ(サンフランシスコ・ベイエリア)でも何とか自分たちで阿波おどりが楽しめればと2011年の夏、徳島県人会発足と同時に阿波おどりのグループを作りました。発足当初は阿波おどりのCDと鉦しかありませんでしたが、同年末には最低限の楽器や衣装を購入し、2012年元旦より公演を開始しました。

Q. 設立当初、地元の人達の反応はどうでしたか

(理)とても歓迎してくれました。ここアメリカの人たちにも阿波おどりの軽快なリズムや踊りは気に入ってもらえたようです。設立して間もなく「マリン紙芝居」の新年会や「ミルブレー日本祭」などから招待していただいたり、桜まつりのパレードに出させていただけました。華やかで楽しいと喜んでいただきました。

Q. 設立からどのように連員を増やしていきましたか?

(理)クチコミやチラシ、日系新聞やインターネットで参加者を募集したり、イベントに参加した際に参加を呼びかけたりしています。特に若いメンバーが中心になって、インターネットを使って告知してくれたことで、日本文化に興味のある現地の若者達が集まってくれました。

2015年 歌謡ショー


今後の活動について


Q. 今後どのような活動をされていきたいですか?

(理)当地アメリカで日本文化を盛上げていきたいと思います。日系のイベントだけに限らず参加して、阿波おどりを通して日本に興味を持ってもらいたいです。また、観客の皆さんにも参加していただいて阿波おどりの輪を広げたいと願っています。日本とアメリカの間でいろいろ交流できたらと願っています。


Q. 最後に、日本の踊り子さん達に一言お願いします。

(理)日本が誇る阿波おどり。これからも素晴らしい踊りと演奏で阿波おどりを盛上げてください。是非こちらの方へも踊りにいらしてください。心よりお待ちしております。


にっしゃん編集後記


「世界の AWAODORI」第1回、いかがだったでしょうか?記事を読んでいただいてお分かりだと思いますが、理美子さんはものすごいパワフルな女性です。アメリカで阿波踊り連を立ち上げ、現地の人たちに阿波踊りを教え、サンフランシスコ・ジャイアンツの前座もやっちゃうなんて、冷静に考えてむちゃくちゃすごいです。冗談ぬきで尊敬します。

そして、パワフルですが、優しい阿波っ子連のお母さん的存在です。阿波っ子連は皆、仲良し。非常に家族的なムードがあります。それはひとえに理美子さんの人柄の影響も大きいんじゃないかなと思います。阿波っ子連の雰囲気が楽しくて、皆に会うために阿波っ子連の練習に通っている人も多いと思います。

僕も阿波っ子連に入ったおかげで、阿波踊りを通じて、日本文化に興味のある日本人、アメリカ人、中国人、メキシコ人などなど友達がたくさんでき、阿波踊りの練習・出演以外でも遊びにいく仲間ができました。非常に感謝しています。この経緯については別の連載で紹介する予定です^^

次回の「世界の AWAODORI」は再び北米の連を紹介する予定です。お楽しみに。